産業とアプリケーション
近年、ビッグデータ、機械学習、人工知能がもたらす可能性について、世界中で注目が高まっています。実際、膨大な量の非構造化データから前例のないインサイトを抽出する能力は、スマートなアルゴリズムと画期的なコンピューティング能力を駆使して、この技術を大胆に応用する業界にとてつもなく大きな価値をもたらすと期待されています。
医薬品開発では、特に魅力的なアイデアです。医薬品開発は、生物学的プロセスに非常に特異的な影響を与える可能性のある分子を探し、その分子をプロトタイプ医薬品として開発し、3段階の臨床試験を経て製品化するという、複雑で費用のかかるビジネスであり、ビッグデータがもたらすメリットは非常に強力です。結局のところ、このアプローチでは失敗率が非常に高く、医薬品の上市に何十年もかかり、何億ドルものコストがかかります。より良い方法があるはずです。ビッグデータは、医薬品開発プロセスをより恣意的でなく、より効果的なものにする最大の可能性を秘めています。
ビッグデータ戦略は既に、医薬品の候補となる分子の選択方法の改善、前臨床試験のスピードアップ、試験の進捗状況のさらに効率的な追跡、試験効果と特定の変数との関連付けなどに活用されています。また、インシリコシミュレーションを利用して、薬物に対する生体の反応を調べるという有望な研究も進められており、ラボのベンチで試験管内作業を行う必要はありません。
ヘルスケアおよび製薬業界における人工知能(AI)に関するResearch and Marketsのレポートでは、AIに対する支出は2019年の4億6,300万ドルから、2025年には24億5,270万ドルに増加すると予測されています。これには、医薬品開発へのビッグデータアプローチへの投資額も含まれています。これがうまくいけば、おそらく現在の薬をすぐに、より副作用の少ない効果的なバージョンに変えることができるでしょう。例えば、既存の医薬品を再利用して、いわゆる「希少疾患」に効くようにできるかなど、ビッグデータを使って分析できるかもしれません。希少疾患は罹患者が少なく、現在はコスト効率が低いことからその治療法を開発されずにいます。そして最終的には、ビッグデータ技術は、個々の医薬品を個々の使用者の独自のニーズや状況に合わせて調整する個別化医療を実現させるでしょう。
では、どのようにこの可能性を生かせばよいのでしょうか? 私たちにできる最も重要なステップのひとつは、こうしたビッグデータによる医薬品開発戦略を支えるデータに十分な根拠があることを確認することです。実世界のエビデンスを捉えるツールは、ビッグデータ戦略を適用するデータの品質と適時性を高めるか、試験や臨床試験のインサイトを研究者にフィードバックする速度を加速させるでしょう。これはプロセスの改善に他なりません。
どうすればこれを実現できるのでしょうか? コネクテッドドラッグデリバリーシステムは、その回答の一部をもたらしてくれるかもしれません。これらのシステムは、従来の治療薬とコンピューターを介した送達を組み合わせ、患者が適切なタイミングで適量の薬剤を確実に入手できるよう支援するものです。このアプローチにはいくつかのメリットがあります。患者が用法用量を守ることで、処方された薬の効果を最大限に高めることができます。関連するバイタルサインをモニタリングし、現在の必要性に応じて投与量を調整することで、患者の状況に合わせて薬物投与を調整できるのです。病院ではなく、自宅で治療を受けることも可能です。また、患者と医師の間に緊密なフィードバックループを構築し、モニタリングと監視を改善することができます。さらに、十分に検証された患者データを他の状況における分析に活用することもできます。
コネクテッドドラッグデリバリーシステムは、現在の患者ケアを改善し、将来的にはより効果的なビッグデータ創薬戦略を実現する魅力的なオプションです。しかし、こうしたシステムの開発は簡単ではありません。医療用電子機器の設計、ファームウェア、ソフトウェア開発における深い経験が要求されます。また、シンプルなユーザーインターフェースと直感的なユーザーエクスペリエンスを実現するには、経験豊富なヒューマンファクター重視の設計チームも必要です。これらはすべて、高いレベルの患者の安全性、プライバシー、データセキュリティを確保し、堅牢な規制環境の要件を満たしつつ実行しなければなりません。
モレックスのグループ企業であるフィリップス・メディサイズは、ハードウェア、ソフトウェア、ユーザーエクスペリエンスの設計における経験を通じて、コネクテッドドラッグデリバリーシステムの開発という難題に対応できる優れたポジションにあります。私たちは、製薬会社のコネクテッドドラッグデリバリープロジェクトを推進し、コンセプト開発から臨床供給、CEマークとFDA承認済みデバイスの商業的発売までのプロセスをサポートしてきました。
コネクテッドドラッグデリバリーシステムの開発において、私たちは他の役割も担っています。このプロセスの一端で、ビッグデータ解析を実行するクラウドデータ・センターなどを効率的に運用するための相互接続ソリューションを提供しています。そのもう一端では、モレックスは、次世代5Gモバイルネットワークと5G対応携帯端末の展開を実現し、これらのデバイスを接続し、新しいユースケースを生み出しています。
5Gには、コネクテッドドラッグデリバリーを実現するための重要な特性がいくつかあります。5G規格は、単位面積当たり4Gの1000倍のデバイスをサポートするように設計されているため、コネクテッドドラッグデリバリーシステムが、フィットネストラッカーと同様に一般的になれば、5Gは必要な接続性を提供する上で十分な能力を備えるようになります。さらに、低電力、低データ・レートの通信規格により、将来のドラッグデリバリーや関連医療機器は、シンプルなIoTプロトコルで接続できるようになるかもしれません。また、5Gは農村部に高性能な接続性をもたらし、遠隔地での遠隔医療を可能にし、最も必要とされるコネクテッドドラッグデリバリー デバイスの障壁を軽減する上で重要な役割を果たす可能性があります。
古い格言に「ゴミが入ればゴミが出る」(無意味なデータの入力により、無意味な結果が返されてしまう)というのがあります。コネクテッドドラッグデリバリー システムを使用して十分に検証された患者データを提供することは、短期的には患者ケアと治療効果の向上に役立つはずです。長期的には、コネクテッドドラッグデリバリー システムによって収集された実世界のエビデンスが、医薬品開発プロセスを補完することになります。この2つの戦略が効果的に機能すれば、そしてそれが実現すれば、こうしたソリューションは製薬会社がより優れた治療法をより迅速に開発する上で貢献し、何よりも患者のために役立つことになるでしょう。